大人からのバレエ9
オペラに出てくるバレエ

ダンサーたちがオペラ全体に登場する
メトロポリタンオペラ「オルフェオと工ウリディーチエ」

バトルワークスダンスカンパニー 瀬河寛司

私は今年1月メトロポリタンオペラ(メット)によるグルック作曲オペラ「オルフェオとエウリディーチエ」にダンサーとして出演する機会に専まれました。演出・振付はアメリカを代表する振付家マーク・モリス氏です。コラボレーターはいずれもモリス氏と長年に渡り仕事をしてきたアーティスト達で構成され、アレン・モイヤー氏が美術、ジェイムス・インガル氏が照明、そしてアメリカではセレブとしても知られるトップデザイナー、アイザック・ミズラヒ氏が衣裳を担当しました。メットの音楽総監督であるジェムス・レバイン氏が直接指揮を取った今回のオペラは主役歌手3人に加えて、ダンサーたち22人、コーラス歌手総勢90人が出演しました。このプロダクションは1762年にウィーンで初演されたオペラの現代版となり、ギリシャ神話の原作に基づいてストーリーが構成されています。

オルフェウス1
4000人収容する劇場に大きな舞台セット

今回のオペラの大きな特徴は、オペラ全幕を通して終始ダンサーたちが舞台で踊っているということでした。これはもちろん振付家であるモリス氏による演出であるからですが、彼のダンサーたちに対する演出意図は「音楽と歌詞をそのまま踊りで反映すること」でした。時にはコーラス歌手が歌っている内容を反映し、また時にはシーン設定場面そのものを踊りで表現しました。通常、他のオペラで多くある様に、幕中のバレエ・シーンで突然ダンサーたちが登場して踊るという形ではなく、ダンサーたちがオペラ全体を通してストーリーそのものの表現母体として登場するという演出でありました。振付はモリス氏特有の音楽性あふれるアンサンブルがメインで、バレエ、モダンそしてフォークダンスの要素を取り入れたとても美しい振付でした。

私は2004年にモリス氏との仕事を始め、昨年世界初演をして話題となったモリス版「ロミオとジュリエット」他、毎年数多くのプロダクションに出演させていただいています。彼の振付の特徴はまさにその音楽性にあります。アメリカでは現代モダンダンス界のバランシンと呼ばれているほどで、その音楽性あふれる振付作品が高く評価されています。彼の音楽に対する知識の高さとこだわりはものすごいものがあります。例えばオーケストラを入れた舞台稽古最中に、オーケストラと指揮者を止めてモリス氏自身がオーケストラを指導し始めることは頻繁にあります。それも何の楽器が、楽譜のどこのバーのどこのキーがおかしいからもっとこうしてくれなどかなり具体的な指導をします。

まだ彼と仕事を始めたばかりの頃、その様子を見てかなり驚いたのを覚えています。毎日のバレエクラスは必ずモリス氏自身が教えるのですが、ダンサー達の指導においてもプリエ、タンジュの時からリズムとテンポに正確に合わせて踊ることを高く要求し、クラスの時からダンサーたちにリズム感を徹底的に叩き込みます。

オペラ演出に関しても、振付家が演出家について踊りのシーンの振付をする例が一般的な中で、モリス氏のように舞踊振付家がオペラ演出そのものを担当してしまうのは滅多にないケースであり、その面でも彼の偉大さが充分に証明されていると思います。記録によるとメットでモリス氏以外に演出振付両方を担当した舞踊振付家は、1953年「レイクスプログレス」を手がけたジョージ・バランシン氏のみだそうです。そのモリス氏が演出振付とあって、今回の作品22人のダンサー枠を競うため、オーデションには300人以上のダンサーたちが集まりました。これはメットの歴史でも最多だったそうです。

90人のダンサーが3段の装置にモれぞれの衣裳で

メットオペラの大きな魅力には、4000人を収容する劇場に伴うた大きな舞台装置、またマイクなしで信じられないほどのボリュームで歌ってしまうレベル高いオペラ歌手たちにあります。

今回のプロダクションでもそのメットの素晴らしさをあらゆる面で象徴していました。主役オルフェオを務めたのは1994年にメットデビューして以来幅広いレパートリーを持つメゾソプラノ歌手、ステファニー・プライス氏。今公演の彼女の演技に対し、ニューヨークタイムズ紙は写真入りで大きく取上げ「何を歌わしても素晴らしいので、あとはプライス氏のために作曲されるオペラが生まれるのを待つのみだ」と大絶賛しました。私たちダンサーはもちろん彼女とのシーンも多いのですが、リハーサルなどは音の逃げることのないスタジオに響き渡るその迫力ある彼女の歌声に毎回圧倒されていました。

舞台装置もスケールの大きいもので、縦上3段にもなるプラットフォームを組んで、そこに大勢のコーラス歌手たちを配置しました。幕が上がりその装置に圧倒されるのもつかの問、劇中ではなんとその巨大な装置が動きだしそれと同時に私たちダンサーが下で動き回るという、とてもエキサイティングな大スペクタルでした。総勢90人コーラス歌手はそれぞれまったく違った歴史上人物の衣裳を着ています。エリザベス女王、リンカーン、シェイクスピア、ヒトラーからガンジーまでと彼らを眺めているだけで楽しくなります。モリス氏のここでの演出意図はこのオペラの主題である「真の愛」を伝えること、歴史上人物を登場させることで時代を超えた「真の愛」の普遍性を表現することでした。

今公演はこの大劇場が毎回ソールドアウトとなるほどの人気ぶりでした。オペラのお客さんはある意味ダンスのお客さんよりも熱狂的で、カーテンコールではスタンディングオベーションとなりブラボーの声が飛び交うだけでなく、ドタドタと足踏みをして感動を表現してくれました。更に主役のプライス氏が出てきた時などは、プラットフォーム上のコーラス歌手からプライス氏への敬意を表す足踏みも始まり、劇場の熱気は頂点に達しました。このような素晴らしい感動に溢れた舞台を毎公演経験することができたのは、私にとって大変幸せで心に残る思い出となりくました。

オルフェウス2
日本でも2月に一週間限定で10回上演

今回のもうひとつ大きな特典は、このオペラが全米800の映画館そして世界30カ国の映画館で生中継上演または録画上演されたということです。これはメットで上演されているオペラ作品を全世界の人々にリアルタイムで届けるという主旨で3年前から始まった「メットライブビューイング」というプログラムによるものです。最新テクノロジーを取入れて撮影され、HDの高画質での映像上演です。撮影当日の公演はやはりなんとも言えない緊張感がありました。モリス氏の舞台上での開演直前インタビューから始まった生放送公演は、舞台上にまでカメラマンが入るなど終始緊張感が漂う中、失敗だけはしないようにと集中力を高めて踊ったのを覚えています。全米の映画館での生放送だったので、終演後ロサンゼルス、テキサス、ミシガン、ワシントンDC、フロリダなど各地で観たばかりの友人たちから祝福の電話が入りました。とても嬉しかったと同時にテクノロジーのすごさに感銘しました。その後日本では東京を含めた全国9都市で映画館上演され、私の家族や友人たちが観ることができました。彼らがニューヨークに来なくてもこの素晴らしい舞台を観ることができ、また私の得た感動を映像によって体験できたのは私にとって大変嬉しいことでありました。

このすばらしいオペラの曲は300年前にグルックが作曲

音楽がすべてのオペラ、やはり今回も音楽が素晴らしかったです。最高のオーケストラによって演奏されたグルック作曲の音楽は本当に美しく、踊りながらも押し寄せる感動が心に溢れてきたことが幾度となくありました。18世紀に作曲されたこの音楽が300年という時間を経ても、今なお人々に感動を与えることができるということ。その音楽のパワー、芸術のパワーと素晴らしさを改めて実感しました。このオペラはストーリー的にも単純なのですが、シンプルなことがとても大きな意味を持っていて、最後は愛と幸せを歌い上げた感動ある素晴らしいオペラでした。

最後に余談となりますが、もうひとつ思い出深いエピソードがあります。今公演初日は2009年1月の年明けすぐだったために、年末は12月31日までリハーサルがありました。実は12月31日は私の誕生日なのですが、私にサプライズで喜ばせようとその日リハーサル開始の時、突然マーク・モリスさんが指揮を取ってピアノ伴奏が始まり、オペラ歌手、ダンサーたち、そしてスタッフ全員がハッピーバースデーを歌ってくれました! 恥ずかしいやら嬉しいやらでその日は一日中顔から笑いが取れませんでしたが、これも今回このオペラに出演した大切な思い出として心に残っています。

マーク・モリス(Mark Morris)

80年にマークモリスダンスグループを創立し、現在まで120以上に渡る作品を創作する。88年若干32歳の若さでベルギー国立ブリュッセル劇場の芸術監督に就任し、『ハードナット』などの代表作を発表。90年にはミハイル・バリシニコフとホワイトオークダンスプロジ工クトを設立。サンフランシスコバレエ団、アメリカンバレエシアター、ボストンバレエ団、オランダ国立バレエ団、パリオペラ座、英国ロイヤルバレエ団他多数のバレエ団に作品を提供。オペラ演出家としても活躍し、メトロポリタンオペラ、ニューヨークシティオペラ、英国ロイヤルオペラ、イングリッシュナショナルオペラにて演出と振付をした。

ジュリアード音楽院を含む8つの大学より、名誉博士号を授与されている。

バレリーナへの道 第78号掲載

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