亜甲絵里香バレエスタジオ
舞踊生活30周年記念
インターナショナル・ダンス・コンサート

舞踊評論家桜井多佳子

写真

神奈川県厚木市でバレエスタジオを主宰する亜甲絵里香が、舞踊生活三十周年を記念し、「インターナショナル・ダンス・コンサート」を催した。長男・瀬河寛一、次男・寛司、長女・華織とファミリーが勢ぞろい。さらに海外からのゲストも多く、まさにインターナショナル色濃い公演となった。

─── 未来に希望を託す舞台 ───

「おはようございます。よろしくお願いします」と大きな声で礼儀正しく、15人の生徒が挨拶をする。スタジオは窓が多く、開放された空問が広がっている。

日本の現代舞踊史に名を残す高田せい子の最後の弟子である亜甲絵里香は、同時に東京芸術座演劇研究所で学んだ女優でもあった。だからだろう、彼女の作品は演劇性が濃い。彼女自身、「写実的な表現と『氣』の表出を重視する『テアトル・ムーヴマン』=劇的舞い」と、その独自性を語っている。

今回、上演された亜甲振付の五作品にもその特長はよく表れていた。ニューヨークシティ・ダンスアライアンス総合二位ほかに輝いた『戦火の町(原爆の図=少年少女より)』(山嵜優衣・山花玲美)はテーマが明確。舞台上の二台のピアノ(演奏=宮本和歌子・実方弘樹)の響きにのせて金岡千秋と真鍋彩華が舞った『Toward the Future』(ネクストリーム21最優秀賞)も、タイトル通り、未来に希望が持てる作品だった。

同バレエスタジオの生徒たちが演じた『浦島太郎』は、亜甲の構成・演出・振付。よく知られた浦島太郎の物語の中に、「桃太郎」や「笠地蔵」など、そのほかの【日本の昔話】が巧みに、はさみこまれていた。どれも、わかりやすいストーリーの中で、優しさや勇気の大切さを説いている。演じる子どもたちにとっても、見る子どもたちにとっても、「昔話」に触れる良い機会になったことだろう。もちろん、大人たちの心も、懐かしく優しい気持ちで満たされた。

写真

『オルフェウス』はギリシャ神話から題材をとった作品。オルフェウス役はロシア国立ノビシビルスク・バレエ団のエフゲニー・グラシェンコ。ダイナミックな存在感と繊細な表現力をあわせ持つベテラン・プリンシパルで、同バレエ団のあらゆる作品の主役を演じてきたダンサーだ。彼の妻=エウリユディケ役は瀬河華織。二年前にノボシビルスクで演じたときよりも、グラシェンコとの信頼度が増し、表現にも深みが見えた。

オルフェウス夫妻は愛し合っていたが、突然妻は死んでしまい、悲しみにくれる夫は、死後の世界に彼女を探しに行く───というストーリーはギリシャ神話通り。死後の世界の悪霊たち(マキシム・クルプコ、瀬河寛一、寛司ら) のダンスも見ごたえがあった。神話は悲劇で終わるが、亜甲は愛する二人を再び結びつけた。「現実の世界は、様々な自然災害や人為的な争いなど悲惨な事件に満ちています。だから、それ以上、舞台で悲劇を見せる必要はないと思います。希望を抱かせるラスト=亜甲先生の考えに僕は賛同します」とグラシェンコは語っていた。

亜甲自身が主演した『安達原』も悲劇で終わらず、そこには救いや赦しが感じられた。これも亜甲作品の特長といえるだろう。

写真
─── 個性をぶつけた兄弟対決 ───

さて、瀬河寛一・寛司兄弟は、母、亜甲の「踊り心」を受け継ぎながら、それぞれに個性的だ。フランスでコンテンポラリーを中心に学び、フランス国家公認のダンス教師の免状も取得している寛一は、ソロ作品『Birth-誕生-』と、スマイン・ブセッタとの『Profile Interdict』を披露。どちらの作品も手にライトを持ち、それで身体の一部分を照らし出す。自分の身体をパーツごとに客観視するような行為。それは、冷静だけど冷ややかではない『Profile Interdict』では、舞台上のダンスとともに、その映像も背景に映し出していた。珍しいアイディアではないが、この作品のなかでは、やはり踊る肉体がカメラを通して「客観視」されているように思えた。

アメリカで活躍する寛司が踊ったのは、ソロ『Fast Footprints』と、キャサリン・ホリガンとのデュエット『If I Had Known I Was Dreaming・・・』(振付ジェシカ:ラング)。どちらも動きが鮮やかでドラマが感じられる。寛司のダンスは確かなテクニックに基づきながら、なんとも自由でパワフルだ。

写真

兄弟だけあってどことなく容姿は似ているのだが、そのダンスは全く性質が異なっていた。「性格もまったく違う」と二人は笑い、「ダンサー、そしてアーティストとして尊敬しています」と弟。二人が個性をこれだけ伸ばせたのは、やはり母の力だろう。「僕が十二歳のころから毎年、家族でイギリスやアメリカに行き、舞台を見ていました。で、NYでミュージカルを初めてみて、これだ!と思ったんです」と寛司。一方、寛一は,92年のパリ国際ダンスコンクール出場をきっかけにフランスに「反応」した。

兄弟それぞれのフィールドから親しいダンサーが来日、さらにスサンタ・スラセラ指導・振付のスリランカダンス『カンディアン・ダンス』を華織が踊るなど、様々な国のダンサーが多彩なダンスを披露した。「リハーサルは、ロシア、アメリカ、フランス語が入り交ざっていました。でも不思議にコミュニケーションがとれて、ものすごく楽しかった。ダンスに言葉は要らない───そのことを実感しました!」と、キャサリン。ゲスト全員でのチームワーク抜群のフィナーレが、その言葉を実感させた。

写真

バレリーナへの道 第58号掲載

Contact

これまでに雑誌、新聞等で掲載された記事をご紹介します。