ノボシビルスクで
亜甲絵里香作品「オルフェウス」を見る

桜井多佳子

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ノボシビルスクヘの興昧

以前から「ノボシビルスク」という街は気になっていた。それは、ワジム・レーピンら優秀なバイオリニストを次々育てた有者なザハール・ブロン教授が、1989年まで指導していたのがノボシビルスク高等音楽院だったから。またモスクワやサンクトペテルブルグで活躍するバレエ・ダンサーにこの地の出身者が多いから。そしてロシア国立ノボシビルスクバレエ団に関心があったからだ。

ノボシビルスクは、ロシア・シベリアの中心に位置する。「美しい街らしい」、「意外にも都会だ」、というウワサは聞いていたが、この目で確かめたことはなかった。「雪に閉ざされた最果ての地」を連想してしまうシベリアで、どうして素晴らしい芸術家が育つのだろう―というのが、失礼ながら正直な疑問だった。

亜甲絵里香の作品を、彼女の娘、瀬河華織と国立ノボシビルスク・バレエ団のダンサーが、ロシアで踊るというニュースを聞き、取材を決めたのは、それが、今までずっと気になっていた「ノボシビルスク」だったことも大きな理由だ。さらに公演日は3月9日(日曜日)で、「国際婦人デー記念コンサート」だというのも興味を引いた。3月8日の国際婦人デーとは、ロシア女性にとって大切な日。この日、ロシアの女性は職場や家庭で、男性から花を贈られる。主婦は家事から開放される。年に1度女性が「女王様」になる日。その日のコンサートとは、一体どんな催しなのだろう?

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シベリアヘの道

ノボシビルスク行きを決めたものの、ビザ申請や飛行機の手配に結構手間取った。ノボシビルスク行きの主なルートは、モスクワ経由かソウル経由。つまり、ノボシビルスクを通り越してモスクワまで行って、逆戻りする(モスクワ経由)、またはソウルで一泊して、次の日に直接ノボシビルスクに入る(ソウル経由) かだ。迷った結果ソウル経由を選ぶ。モスクワだと国際線から国内線への乗り継ぎがかなり不便なためだ。しかしソウル経由はI週間に1度しか飛んでいないためコンサート当日にノポシビルスクに着くことになる。飛行機が遅れないことを祈るばかりだ。

果して、3月9日現地時間午後2時前、大幅に遅れることなくノボシビルスクに着いた。到着するとそこは一面の銀世界。真っ白な平原が広がるシベリアの大地だった。ノボシビルスクは、落ちついた雰囲気の美しい都会。だが市内見学をする暇はない。着いたその日 (3月9日)が公演当日なのだから。そのままホテル経由でロシア国立ノポシビルスク・オペラ・バレエ劇場へ急ぐ。

4時頃、劇場内のカフェで亜甲絵里香・瀬河華織に会う。本番1時間前。2月半ばから現地人りしてリハーサルを積んでいるからか余裕さえ感じる笑顔。メイクなど準備をしなくてはならないので、ゆっくり話す間はなかったが、成功をお祈りし、終演後に会う約束をする。

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「美人、女神、天使!」

国際婦人デー記念コンサートはコンサートホールで行われた。オペラ劇場とロビーを共有しているので、上演前から華やいだ雰囲気。 ホール入口でキャンディーも配られている。パンフレットの表紙には「美女、女神、天使!」の文字。女性を讃えているのだろう。 全550席だというホール内は、ほぼ満席。同劇場ではバレエ、オペラなどのチケットが1ケ月前に完売することは全く珍しいことではないらしく、このコンサートもそうだったようだ。

第1部は同劇場歌劇団歌手のアリア集。「カルメン」など親しみある曲が多く楽しめた。休憩の後、第2部の最初が、亜甲絵里香作品「オルフェウス」。パンフレットには「オルフェウス(ギリシャ神話をもとにした舞踊作品)」とあり「初演」の文字も。バレエ好きなロシアの観客は興味深げに舞台を見つめていた。

オルフェウス役は国立ノボシビルスク・バレエ団プリンシパル、エフゲニー・グラシェンコ。瀬河華織は、その妻の役だ。愛し合う2人の幸せそうなパ・ド・ドゥの後、妻は去っていく(死ぬ)。死後の世界。幽霊のような瀬河の舞い。5人の男性(同バレエ団ダンサー)が、苦痛の表情で踊る。地獄のようなその場所ヘオルフェウスがやってくる。が、やはり2人は離れ離れに。舞台に残る妻=瀬河華織のソロが美しい。ラストには、周囲に火がめらめら燃える舞台で、2人はやっと結ばれる―。

ストーリーが明確で、場面転換もスムーズ。男性的で包容力あるダンサー、グラシェンコも好演していた。国立バレエ団プリンシパルを相手に、瀬河華織の大健闘は讃えたい。ただ、キャリアのあるダンサーの前では彼女の若さは「幼さ」に見えてしまう。それは微笑ましくはあったが、亜甲の振付意図とは、少し外れるような気がした。

ギリシャ神話は悲劇に終わるが、亜甲はハッピーエンドにした。現世か黄泉の国かはわからないが、とにかく愛し合う2人は再び出会うことができたのだ。華やかな婦人デーのガラ・コンサートにはもちろん、そのラストがふさわしい。初めてみた日本人振付家のギリシャ神話のダンス作品に、地元の観客は温かい拍手をおくり続けていた。

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セーヌ 2003年 春 第49号掲載

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