佐藤俊子
パリ、ユネスコ本部。
アジア人としてはじめてユネスコ事務局長に就任、
多忙を極める松浦晃一郎をかこんで。
左から瀬河寛一、筆者、松浦晃一郎、亜甲絵里香、瀬河寛司
4人ともCID会員
成田空港から11時間。時差7時間。例年になく暑い乾いたパリ。夏時間で夜の10時までも明るい。パリジャンたちのキャフェでの対話は真夜中まで続く。そろそろヴァカンスで旅行者もふえ、異邦人でにぎわうパリはまったく国際会議場にふさわしい。
2001年6月27日から3日間、第14回国際ダンス会議C.I.D.がパリ左岸のユネスコ本部で世界中のダンス関係者、34カ国108人を一堂に集め、朝10時から夕方5時までという強行軍で行われた。1日目は総会、2日目からは2001年のテーマ「今日の世界におけるダンス」に基づく各国のレポート提出者50名(最年少は17歳)の口頭によるコメント発表(各5分)と最後に質疑。日本からは桜井勤氏と亜甲絵里香氏の「日本のダンス」と筆者の「史的展開を通して眺めた日本バレエの現状」。1万語(英悟か仏語のみ)以内、5月1日以前提出の50本のレポートはすべてCD-ROMに納められ、メンバー全員に配布された。
国際ダンス会議C.I.D.とはフランス語のConseil International de la Danseの略である。それは世界のすべての国のすべての様式のダンス(バレエ、民族舞踊、社交ダンスなど)のための公的な擁護機関である。1973年、パリのユネスコ本部内に設立された。その日的はダンスにかかわる個人および国際的・国家的・地域的機関を一堂に集め、世界規模のフォーラムの役を果たすことである。ユネスコは言うまでもなく世界平和・安全保障・文化交流を目的とする諸国の連合である国連(1945年発足、本部ニューヨーク)の専門機関の一つとして、1951年設立された国連教育・科学・文化機関である。故にC.I.D.はユネスコへ密な報告を送り、国連の定める原則に沿ってその目標と企画に貢献する。
ところで、「すべての国のすべての様式のダンス」を平等に網羅するということは容易なわざではない。舞踊界だけでもバレエ協会、バレエ協議会、現代舞踊協会、日本舞踊協会等に分かれており、万事につけてタテ型思考、分業主義、瑣末主義にこだわる日本人には立往生してしまうような発想である。現在刊行されているダンスの本もバレエとモダン・ダンスに限られがちであり、しかも劇場で行われる舞踊に焦点がしぼられることが多い。C.I.D.はどんな小さな国にも参加権を認め、どんな辺鄙な地域の民族舞踊も掘りおこす。多くの舞踊史が扱う劇場舞踊、プロフェッショナル・ダンサーにのみとらわれず、「すべての国のすべての様式のダンス」を網羅するというC.I.D.の表明のなかに、筆者は恐ろしいほど奥深く大胆なダンスへの愛、ユネスコにこそ可能なグローバルな視野を見る。
ユネスコ本部の入口で。
左から亜甲絵里香、筆者
左から瀬川寛司、
亜甲絵里香、瀬河寛一
現在のC.I.D.の会長はアルキス・ラフティス氏(ギリシャ)、6カ国語を使い分け、著書も多く、パリとアテネを2ヶ月ごとに往復する精力家。それでも世界中から寄せられるレポートにはみずからしっかりと目を通す。初参加の日本からのレポートにも「今、読み終ったところです。今年のベストに入るものです。おめでとう。」とわざわざメールを送ってくれた。C.I.D.の運営を支える秘書群団も素朴で明るい活発なダンサーかダンス教師たち。長時間にわたる会議の緊張を解き、会長はじめ、メンバーが相互に親しみあえるのは噴水の見えるサン・ミッシェル広場のキャフェ。飲物だけで9時半から12時まで。それでも語り尽せぬ思いを抱いたまま、あたふたと帰途についた。筆者としては、初参加にとまどいながらもそのグローバルな交流と考え方に一歩近づけたような気がした。
フランスから帰宅すると、すでに何通ものメールがとどいていた。「パリの時間はとても短くて、十分にお話できず残念でした。この次こそ、もっとご一緒に異文化について語り合いましょう。」という趣旨のものであった。C.I.D.からのメールは次回C.I.D.の会議が2002年6月26日から28日まで、パリ・ユネスコ本部で、と早々に告げていた。会長のアルキス・ラフティス氏をはじめ、多くのダンスを愛する人々と、ラフティス氏のことばを借りて言えば、「友人にして同僚」になれたことはとてもうれしかった。来年は日本からの参加者がふえることを願いつつ、ペンをおかせていただく。
(左から3人目)アルキス・ラフティス
(左から6人目)亜甲絵里香
佐藤俊子(さとうとしこ)略歴
バレエ教室主宰。オリガ・サファイア門下。北大大学院博士課程了。北星短大名誉教授。訳書にクリストゥ『バレエの歴史』著番に『北国からのバレリーナ』ほか多数。舞踊を中心に海外活動。ユネスコC.I.D.会員。
セーヌ 2002年 冬 第44号掲載
スピーチをする亜甲絵里香
隣はアルキス・ラフティス
会議中の亜甲絵里香