ロビンズ森山尚子
2000年夏、ニューヨーク市のチャイナタウンの近隣にあるペース大学の劇場で、4人のアジア人の振付家が集まった。これらの振付家はニューヨークを中心に活躍をしているダンサー達であるが、亜甲絵里香は、日本を拠点とし後輩を育成しながら、さらに自分の作品を海外にも紹介している振付家である。
彼女は日本から娘を含めた3人のダンサーとスタッフ、そしてフランスから長男、そして現地ニューヨークから次男と2人のモダンダンサー、計7名のダンサーを使って3作品を発表した。パフォーマンスが行われたペース大学は、ダウンタウンで活躍する振付家達がよく利用する会場で、モダンダンスを踊るには適度なサイズの劇場である。しかし、照明器具の点においては完全に貧しく、亜甲絵里香の内面の表現を特に重視される作品においては不十分な設備であったに違いない。
亜甲絵里香は3作品を日本から持ってきた。最初の作品は「戦火」と題して、戦争の被害にあった町やそれで苦しむ人々、苦しみの中から見出す人間愛などをテーマにして創られている。長女の華織さん、フランスに在住している長男の寛一君がデュエットを踊るが、さらに目を引いたのが日本から連れてきた2人の子供のダンサー達であった。亜甲絵里香の日頃の指導が日に見えるかのように、舞台の上では熱演を披露し思い切って踊ってくれた。大人並みのその踊りは、きっとアメリカ人の目にも印象深く残ったに違いない。寛一君と華織さんはさすがに兄妹で息の合ったデュエットを見せてくれた。
ただ残念なことは、照明設備が不十分なために、照明家と念入りに打ち合わせをしたにもかかわらず、彼女が表現したかった「戦火」の様子が100%出し切れなかったのではないだろうか。
次に「オルフェウス」(ギリシャ神話)を引用して、ニューヨーク在住の次男の寛司君とエリザベス・ディメントがデュエットを行なった。話が前後するが、実は私が亜甲絵里香を知ったのは、この次男である寛司君を通じてである。彼は1999年12月に行われたイガール・ペリ率いるペリ・ダンスアンサンブル( Peridance Ansemble )のメンバー、今は Alvin Ailey Secound Company の一員で、ニューヨークで活躍する日本人ダンサーの一人である。身体は決して大きいとは言えないが、その安定したそして切れのある彼の踊りは、誰もが認めるすばらしいダンサーだ。エリザベスは、同じくペリ・ダンスアンサンブルで共に踊った仲間で、彼女のやさしく包み込むような踊りは、この作品にふさわしいものであったと思う。
後列左より、ジェシカ・ラング、瀬河寛司、瀬河華織、瀬河寛一
前列左より、金岡千愛、真鍋彩華、亜甲絵里香、
ロビンズ森山尚子、かやまゆり
最後の作品は、亜甲絵里香の代表的な作品の一つである「羅生門」を、ニューヨークのアルビン・エイリーカンパニーの元プリンシパルであったエリザベス・ロハスが踊った。羅生門は、アメリカ人の中でもよく知られている日本文学の一つなので、ストーリーの展開はスムーズに受け入れられたことと思う。しかしながら、この複雑な女の心理状態を舞踊で表現することにより、より一層面白みを増し、女側からの作品のイメージを意味付けたような気がした。これにはもちろん、エリザベス・ロハスの存在を否定することは出来ないであろう。彼女はダンサーとして一流のみならず、彼女の人柄がより一層この作品の「女」を浮き上がらせたような気がする。彼女は男性振付家の Max Luna の作品にも当日踊ったが、まったく違うキャラクターにもかかわらず、オーディエンスを魅了した。40代に差し掛かった彼女のダンサーとしてのキャリアが、まさに熟しているといって過言ではないだろう。
絵里香はエリザベスに出会って、「自分の作品を踊ってもらいたい」と思った経緯を、ニューヨークの劇場に向かう地下鉄の中で私に熱弁して下さった。私は今でもその絵里香がエリザベス・ロハスに、直感的に「羅生門の女が踊れるのは彼女だ。」と思ったと言った時の絵里香の喜びの表情が忘れられない。
こうしてこの3作品を見てみると、亜甲絵里香の作品はドラマティックで、常に「愛」がテーマになっている。壮大な人間愛、母の愛、男女の愛、様々な愛の形を表現することによって亜甲絵里香の生き様を表現している。
私が彼女に会った時、その小柄な身体からは想像できないほどに、ほとばしる情熱で一つ一つの作品と、そしてその思いについて語ってくれた。そして離婚後も3人の子供達を育てながら、ダンサーとしての道をあきらめず、踊り、創り、教え続けた人生の歩みを、凄みもなくアッケラカンとお話しされる姿に共感を持ち、舞踊家としてだけでなく女性としても、私の大事な尊敬する方々の一人となった。
今、3人の子供達は新人ダンサーとして日本、フランス、そしてニューヨークでそれぞれの道を歩んでいる。
これまで大事に育てた彼らを表舞台に羽ばたかせながらも、絵里香は淡々と彼女の作品を創り続けるだろう。そしてそれを一番理解し、表現してくれるのがこの3人の子供達なのである。3人3様とそれぞれ個性が違い、それぞれ異なった踊り方ではあるが、その集結力は何にも増して強く、そしてその個性が母親の元で一体となった時、素晴らしい力を発揮するに違いないと信じている。
今後も心身ともに更に充実させ、亜甲絵里香の作品を踊り続けてくれることを心から楽しみにしている。
ロビンズ森山尚子
1988年よりニューヨークに在住。
現在ペリ・ダンスセンターのアシスタント・ディレクター及び、ペリ・チャイルドプログラムのバレエ教師でもある。
セーヌ 2001年 冬 第40号掲載