絶妙な音の取り方が心地よい
瀬河寛司君の強い存在感

安藤万里子

1999年12月、私の友人である瀬河寛司君の出演する「Peridance Ensemble」の公演の後、The New York Timesの中の批評記事を読んで私は驚かざるを得なかった。その記事の中でかなり名の知られた批評家が公演での瀬河寛司の踊りを絶賛していたからだ。これはまさに一流ダンサーとして認められたことに他ならないだろう。同じダンサーである私としては、何とも羨ましい限りである。

ニューヨークで有名なダンススクール「ペリダンスセンター」の名教師として知られる振付家、イガール・ペリ率いる「ペリダンス・アンサンブル」の15周年記念ガラが、12月16日から19日まで、マンハッタンにある「The Sylvia and Danny Kaye Playhouse」で行なわれた。

イガール・ペリの作品は、ここまで音楽と動きが調和された振付ができるものかと正直驚き、そして感動した。見応えのある作品ばかりだったが、彼の出演した3作品を紹介したい。

演目は「Intimate Voices(心の奥の声達)」景は「メヌエットの様に」に始まり、「切望」「短い出会い」「哀愁」「矢の様に」「無慈悲な」へと続く。ここで瀬河寛司の登場だ。彼は「Embrace(抱擁)」で女性とのデュエットを踊った。しっとりとした静かな曲に合わせてのすべるような滑らかな動きが印象的で、2人の息もぴったり合っていて、観ている者にもお互いが深く愛し合っているという気持ちが伝わってくる素敵な踊りだった。作品は更に続き、最後は全員による「Prelude」で締めくくられた。作品は波のように流れる動きが中心になっていて、それが押し寄せては消えていく様々な心の奥の声を表現しているかのように見えた。

ここでも彼は動きの1つ1つに注意を払いながら心を込めて踊っており、踊りに重みが感じられるため、メッセージを伝えるのにより説得力があった。

写真

亜甲ファミリーと一緒に劇場ロビーにて

私も半年間、彼の母親である亜甲絵里香先生に、踊りは“心"であり、“氣"で心を伝え表現する、と言うことを習ったが、彼のステージにおける強い存在感というものは、まさに彼から発せられた“氣"によるものだったのだと思う。

この公演のために絵里香先生と寛司君の妹である華織さんが、日本から駆けつけていたのだが、彼女達が一番その強い“氣"を感じていたに違いない。

彼の出演した2つ目の作品「Corridors(廊下)」では、2台の映写機を使って、3枚の動く白い壁に映し出された絵が舞台効果として使われている。これもチェロ、ヴァイオリン、ピアノ、パーカッション等の演奏で、テンポのよい曲に合わせて男性2名、女性1名が踊った。

この作品は、イガールが若い人達の人生との闘い、喜び。愛を探し求めることを、エイズという問題への対処を書いた詩からインスピレーションを得たもので、動きも若者が楽しめる内容となっている。3人のソロは、それぞれの個性が出ていて良かった。瀬河寛司の踊りの魅力は、人より飛び抜けて豊かな音楽性と感情表現にある。彼は音に合わせてやわらかい動きとキレのある動きとをうまく使い分けることが出来、その絶妙な音の取り方は見ていてとても心地よい。私が特に気にいっているのが彼のキレのあるジャンプと回転だ。この作品でもそれらが多用されていて、観客も彼のトゥール・ザン・レール(跳躍しながらの回転) に驚きの声を上げていた。

そして最後の作品「Eye of the Storm(台風の目)」が上演された。8分程の長い曲であったにもかかわらず、ダンサー達はまさに台風の目のように、静かだが全てを巻き込む勢いで観客を舞台に釘付けにした。曲は嵐の始まりを思わせる雷の音から入り、次第に激しさを増していく。ダンサー達はその中で何かに苦しみ悩みながらも、それを吹っ切るために嵐に立ち向かっていくかのように見えた。

また何度でも観たいという気持ちになったのは、モダンダンスの公演の中でもこれが初めてだ。

全体を通して感じたことは、イガールの音楽と踊りのコラボレーションに重点を置いた振付が、瀬河寛司の豊かな音楽性をよりはっきりとした形で観客に示したことは明らかで、まさにこの2人の感性というものがバッチリ合っていたと言えるだろう。

因みに私は、現在ニューヨークにある大学のダンス学部で勉強中の身だが、これからも友人として彼の活躍を見守り、また大勢いるであろう彼の踊りのファンの1人として応援していきたいと思う。

筆者(安藤万里子)プロフィール
堀内完ユニークパレエシアターを経て1999年8月からニューヨークへ留学。現在、ニューヨーク州立大学パーチェイス校のダンス学部1年在学中。瀬河寛司とはユニークバレエシアターで5年間、共にプロを目指して勉強し、発表会などで何度か共演している。

セーヌ 2000年 冬 第36号掲載

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